【専門】【人生の課題】地元東北を興す
土木計画学
一口に土木工学といってもその中でいくつか分野が分かれている.主に以下のようなものがある.ちなみに筆者の専門の土木計画学以外はもう3年以上前の記憶なので,よくわからないというのが正直なところだ()
・構造:どの部分にどんな力がかかるんだろう(橋やトンネルとか)
・水理:水の流れはどうなっているんだろう(河川・ダム・港湾とか)
・土質:土ってどうなっているんだろう(小並)
・土木計画学:都市計画・国土計画・都市間交通・交通工学・景観など
うち筆者は,土木計画学を専門としている.上記から分かるように,計画学はやや毛色が異なる.また,国土における企業の立地や,交通ネットワークの最適化なども絡んでくるので経済学は切っても切り離せない.なぜ計画を専門とするようになったのかその経緯と,それを専攻した上での現在の自身の思想を述べていく.
経緯
筆者が土木工学を専攻し,計画学に至った経緯は幼少期にまでに遡る.幼少期は家族でドライブすることが多く,筆者はマップルを見ながら外の形式を眺めるのがすきだった.中学生になると地元仙台の都市計画図を読むのにハマった.どこに道路を通したり,どこに鉄道を通したら便利になるのか,そんなことに興味を持つようになり,中2の時点で現在自分のいる学科・コースを志望するようになった.また,高校時代まで中学の数学教員を志望していたので,教員免許が取れるということもあって,志望していた工学部の土木建築系の学科に入学した.また,コース配属もなんとか第一で計画のコースに来ることができた.
計画学コースのリアル
計画学のコースに入るまで,自分はアバウトに都市計画や道路ネットワークを考えるのがすきだった.いざ入ってみると授業は正直意味わからないしつまらないし,景観の演習はものすごくハードで道を間違えた...って思わなくもなかった.
4年生の授業では,そのいわゆるまちづくり的な演習の授業があった.それももれなくハードな演習だった.仙台の市街地の中から場所を選定し,街路を整備するというものだ.仙台という都市の歴史・特徴を調べ上げた上で,現在の課題・強みなどを評価した上で,それを高めるような街路の選定・デザインが求められた.
そこでの経験が今の自分の思想や自分の将来の課題に影響が与えられたと思う.
まず,地元である仙台という都市をよく知ることができた.
国土計画的な視点で言えば,仙台は札幌・仙台・広島・福岡という4大地方都市の中で最も東京に近く,新潟や静岡に近しい性格がある.東北地方の一大都市であるから,東北の人材流出を止めるダム機能を果たす責任があるはずが,どんどん東京に流出させてしまっている.他県を見ておらず仙台さえ良ければいいという性格を感じる.
若者を流出させる構造ができてしまっている.まず,宮城のそこそこ勉強できる人間の受け皿になる大学がない.そして大企業の支店だらけで,本社がほとんど存在しない.
一方で,仙台しか持たない強みが3点ある.
第一に冷涼な気候である.地球温暖化の進行も相まって日本中が住みにくくなっているが東北・北海道はまだ外出できる気温である.また,温暖化のおかげで冬の厳しい寒さが緩和され住みやすくなりつつある.今後快適に居住できる地域は北上していくと考えられ,長期的には仙台が居住に最適な地域になるだろう.そのために,今のうちから南から移住してくる人たちを受け入れる体制が必要だ.
第二に豊かな自然環境である.これは仙台というよりも東北全体の強みだ.特に北東北は未開拓の自然が多く存在し,エネルギーとしても,また観光資源としても,まだまだポテンシャルが存在すると考えられる.
第三に東北大学の存在である.これが最も自分の人生の課題につながる.大学は他地域から若者を吸い寄せる力がある.東北の優秀な人材は言わずもがな東北大学に進学するが,それ以外は基本的に首都圏に流出する.他の地方大学も同じように若者を吸収するが,東北大だけ異質なところがある.それは唯一首都圏から地方に若者を吸収している点である.これが筆者の考える一番の強みだと考えている.九大は基本九州の学生が通う.名大もほとんどが愛知県民であり,北大もそこまで首都圏出身者は多くない.しかし,結局のところ仙台には就職先として選ばれる企業が存在しないため東京に帰ってしまう.悲しいこと,東北中から集まった若者も東京に流出してしまう.
大学時代に仙台にいた。という経験は残り,それが良い思い出になってくれれば,いつか住む場所・働く場所の選択肢になりうる.そのための準備をしておく必要がある.こういったことを学部時代の演習で学び,自身の人生の課題に影響を与えるようになった.
人生の課題:Return of EMISHI
注:以下理想型特有の文章が散見されることが予想されます.
蝦夷の過去
蝦夷(えみし)とは,古代日本において,新潟・東北・北海道地域に住んでいたとされる,中央政府に反抗していた人々であるとされる.親も親戚も東北出身であるから,もしかしたら先祖は蝦夷かもしれない.
筆者の人生の目標は優しく言えば地元東北を興すことであり,捻くれた言い方をすれば蝦夷の逆襲である.
東北は古代より厳しい気候ゆえに飢饉や少女の身売り,口減らしといった悲しい過去が存在する.明治維新後も,中央政府は朝鮮・満州の整備に夢中で,本土である東北は後回しにされてきており,東北の人々は厳しい生活を余儀なくされてきた.
戦後になって,インフラが整備され,厳しい気候を克服するように各家庭に灯りが灯されるようになった.しかし,新たな課題が生まれた.若者の流出である.若者が稼ぐために,東京に吸収され,現在は厳しい少子高齢化が課題になりつつある.2011年の東日本大震災も相まってその深刻さはましている.先史時代から現代まで,東北は悲しい歴史が続きそのレッテルが貼られ,それを受け入れている現状がある.
東北は他地方と比べても若者の流出が深刻であり,なおかつ出生率の低さ,進学率の低さが際立つ.このままでは,秋田県をはじめとしていつか東北は消滅してしまう.20代人口転出超過ランキングベスト8に東北からは4県も進出している.
こうした背景も相まって今の東北に足りないのは明るさであり,今の時代を生きる人々になりないのは地元への期待である.先述したように東北・仙台には他地域にはない強みがある.それを元にした自分が将来なしとげたいことを述べていく.
蝦夷の未来像(自身の目指す東北の未来)
大学生活を経て私の人生の課題は「東北を興す」ことを定めた.その理想に近づくために,国土交通省総合職をまず考えた.しかし,若いうちは東北以外の地域に回される可能性が高い.それに自地域にうまみを持ってくるのは政治家の鶴の一声で決まり若手官僚の力ではどうしようもないのではないかと考えた.また官僚になるような人は自分のような地方出身者,まして東北出身者は少なく東北のためだけになんとかしたいという自身の思想は受け入れられないだろうと考えた.あと夜が明ける前に帰りたい.
その結果,某地元企業に就職することを決めた.数年おきに東北各地を転々とするから,各地の状況を学ぶことができるだろう.そして,地元を本当の意味で救えるのは地元企業であるはずである.また,地元に残っている方が自分の声が押しつぶされずに届くであろうと考えた.
地元企業を何年か勤めたら,妄想の域を出ないが,社長になるか県知事になるかしたい.そして,同じ方向を向いている地元の仲間と新興企業「Return of EMISHI」を立ち上げるのだ.
東北を興すために
自分の野望は東京から若者を奪うことだ.
人口減少を食い止めるキーは若者の転出超過を転入超過に切り替えることだ.
ひどくアバウトだが,東北全体として転入超過にすることだ.
若者たちのために
→若者が仙台・東北に住み着いてくれるために
仙台・宮城の若者たちのために
・工業高校の規模・設備の拡充
・仙台市立大学の設立
東北に来てくれた若者たちのために
・自由に挑戦できる空間
・自由に失敗できる空間
・第二の故郷になってくれるようなおもてなし
・東北の自然環境・農業・工業を生かした新ビジネス
東北を明るい地域にするために
・毎朝6時からラジオ体操させる.22時に寝る.メンズジョージコーチをみる
支離滅裂な文章になってしまった
時間あるときに書かないとダメですな.
いつかまたちゃんと書くか編集します.
参考文献
【人物像】【岡田斗司夫】自己他己紹介
人物像
岡田斗司夫氏の考案する人でなし4タイプいうと,当ブログのオーナーの主観的には「理想型」であり,客観的には「司令型」である.この4タイプは「岡田斗司夫 4タイプ」とでも検索すれば出てくるので見てみてほしい.ちなみに理想型は注目型(みんなと仲良しがすき)に憧れ,法則型(ひろゆき)を下にみる.司令型は法則型に憧れ,注目型を下に見るようである.
筆者は,小学3年から中学時代まで学級委員を務めていたが,小学時代はクラスで一番真面目で大人の言うことを聞くことができたからで,決してリーダーシップをとれたりとか,みんなの中心にいるとかそういう子どもではなかった.ちびまる子ちゃんで言うところの丸尾くんみたいな感じで,決して大野くん杉山くん的立ち位置ではなかった.小6時点では陽キャラに押し付けられている側面が強く,好きでもないのに「いい人」を演じなくてはいけなくなり,それは良くも悪くも現代に引き継がれていると思う.中学時代も学級委員をほぼ毎年務めたが,中2以降は部活の主将になったりすることもあり,どちらかといえば主体的にリーダーになりたいと,全体を俯瞰して集団をまとめたいと思うようになった.特に中学2年時代が今の自分につながっているように思う.少し不真面目になりながら,学級委員をやれるようになった.これはその時のクラス内で謎のいじられキャラになったからである.そのおかげで,先生の前でもふざけられるような,今まで持っていた硬さが和らいで,リーダーの仕事をするときもストレスがなくなった.部活も中総体で番狂わせを起こして,創部初の男女県大会出場を達成できた.「中総体決勝進出」は,大学受験合格よりも24年間の人生で最も大きな番狂わせで嬉しかった経験だ.インカレ(後述)はこれを超える奇跡を起こしたかった.でももう叶わない.過去にすがっても仕方ないからこれから自分の道を進んで自分だけの奇跡を起こす.
ここまでの文章を読んでわかる通り,筆者は話題がコロコロ変わる.人物像の話を書こうとしたらいつの間にか昔話になってしまった.消すのが面倒だったので残しておく.本題の人物像について書く.
主観的理想型
理想型の求めるものは「真実」や「正義」である.考え方は抽象的で内向的である.やや短気であり,周りの人間は師匠または弟子または敵である.子供の頃遊ぶときはうんていやジャングルジム下りを極めたり懸垂したりしていた.こんなわけで主観的には私は理想型が自然に当てはまった.
リーダーの仕事をするにも上から目線に押し付けるよりか,自分の思想を洗脳するような手法をとってきた.理想型は宗教家に向いているそうだが確かにと思った所以である.今までの自分の行動を振り返ってみると,中学の部活時代は「打倒O中」を掲げ,それを毎日のように唱えていた.高3のクラスでは無限に教師ネタを生成し,意図してもないのにみんなが利用するようになっていた.いつの間にか人権がなくなっていた.大学の部活は中学と同じような形で「打倒R」を掲げてみんなの目指すところを統一しようとした(あくまで自分だけが目指しているような振る舞いであるが)
また,目指す目標もちょっと絵空事に近いことを示しがちである.これは自覚している.でも目標は面白い方がいいじゃない?ワクワクするじゃない?
将来の夢は郊外な場所の安い土地を買って大学時代のコネで建築学科の同期に家を安く建ててもらって,ハイエースを買って嫁と子供と旅して,自宅の庭でバーベキューしてみたいな,そんな自分にとっての理想がある.
また自分の思想も理想型的である.これについては後日,自身の研究の将来の課題についてで述べていく.
客観的司令型
今まで自分が理想型であるかのように述べてきたが,司令型的でもある.
客観的司令型というのはリーダー的なところがあるから司令型に思われる,というのもあるが,リーダーを演じていた結果,司令型の要素が自分のものになったという要素があり,その意味で客観的理想型である.仮面であり,自分の本質の一部である.
司令型の求めるものは「勝利」である.これは主観的理想型の自分が求める「正義」が勝利であるというところもあるが,至る所で勝ちにこだわりたいところがあるので,司令型の要素もあるのではないかと思う.司令型は例えばこの4タイプとその人間関係への応用の仕方を学んだ瞬間に「どう利用するか」を考えるようである.そこは半分当てはまって半分当てはまらない.なぜなら脳内で完結して,保守的だから行動には起こさないからである.
結局のところ理想型が本質なのかもしれない.
支離滅裂な久々投稿.
次回は自身の専門と人生の課題について
次次回は音楽について
次々次回はトライアスロンについて
【アニメレビュー】新世界より
つい先日、山田氏に3年以上前から勧められていた「新世界より」を完走した。ゆうて25話なので1ヶ月足らずで見終えた。
感想としては、ふつうに面白かったし、考察しがいのある作品だと思った。また、終わった後の余韻として、旧エヴァやなるたる、最終兵器彼女、lainのような突き放すような終わり方でもなく、ひぐらし祭囃子編のような超円満な終わり方でもなく、なんとなくゆゆゆに近しい、ディストピアであることには変わらないけど、暖かい終わり方だと感じた。
作品の構成としては、主人公の年齢に応じて以下のように分けられる。
1~7話 12歳(夏季キャンプ)編
8~16話 14歳(種田さん「(山田君も)早く恋人作りなよ」)編
17~25話 26歳(実質本)編
この三部構成だろうか。特段大きな展開があるのは17話以降である。
16話まで視聴するとあと9話となるわけだが(小泉進次郎構文)、ここまでの話の流れからあらゆる展開が想像された。
まず説明していなかったが、この作品の世界観について説明しよう。
この世界は現在から約1000 年後の世界である。冒頭のシーンで、なんらかの原因によって世界人口が大幅に減少し、今よりも文明の縮小した社会で人々は生きていることが想像される。また、主人公たちの通う学校では、超能力のようなものが教えられ、どうやらこの世界では皆(あるいは限定的な人々が)超能力的なものが使えるであろうことがわかる。
当初の感想としては、なぜこのような、いわばディストピアの世界になってしまったのか、嘘の真実が教えられている子供たちが、世界の真相を明らかにしていくような話になるかと思いきや、3,4話であっさり解消される。しかし、これこそ話を理解する上で必要な情報ではある。だが、この時点で視聴者はあまりの情報量の多さに、この情報が必要となる頃にはきっとわすれてしまうことと思う。
話がずれすぎたので戻していく。
考えられる展開1 神栖66町の全体主義的社会
12,14歳編において、成績が悪かったり、問題行動を起こしたりした同級生が次々と消える。そして、消えていったことを誰も不思議に思わない。さらには主人公たちに近しい人物も消えてしまう。16話までで、この原因は明らかになる。
1. ごく低確率で発生する最悪の事態への憂い。
2. 少数の犠牲を知っていても、社会全体のシステム維持のためには変えられない。如何しようも無い。
この手の話から、自分はナチスドイツを彷彿とさせる「優生思想」、また、1人の犠牲によって成り立つ理想郷である「オメラスから歩み去る人々」、現代で言えば「新型コロナ感染症患者に対する行き過ぎた処置」、「原発処理水問題」など、現代社会につながるものを感じた。
16話までで、主人公の最大の友人で、恋人であるマリアは、社会に戻れば消されることを恐れ、守とともに失踪する選択をする。「この世界はおかしい」と神栖66町社会とは反対の立場をとる。この流れから、
数年後、マリアたちが生きていることが発覚し、
マリア・守(個人主義的社会) vs 神栖66町の大人たち(全体主義的社会)
の戦争?が始まり、果たして、主人公はどの世界を選択するのか...?というものが考えられた。ハズレですた!
考えられる展開2 バケネズミの高知能化(人間化)と叛逆
これが正解に近いのかな?たった数年で、バケネズミの社会は高度化していく。さとるくんはバケネズミが人間に似すぎていくことに気持ち悪さを覚えている。そこに若干の伏線を覚える程度で、この線はないと即却下してしまた自分が恨めしいなり!
このように展開2のように後半は進んでいく。十分にネタバレしてしまった。
実社会の問題と重ねて
この作品で訴えていることは「想像力」である。この文言がなければ(なくても十分ではあるが)、多くの人は1000年後のディストピアの世界で、偽りの神として世界を牛耳ってきた人間に対し、異形のものに作り変えられてしまった元人間が抗うという、そんな話になる。そして、ようやっとその話になるのが後半9話であり、人によってはそれまでの話は説明程度で眠いと思う人もいるだろう。
しかし、重ねていうがこの話における著者の主張は「想像力」だ。そして、この想像力が必要な問題は、この作品、および実社会にそれぞれ存在する。
この作品において、想像力に関連する問題として以下のものが存在する
A 神栖66町の全体主義的社会(子供に生存権が存在しない)
A 子供に自由がなく、運命に従順に生きることを良しとされる社会
B 人類とバケネズミの関係
C バケネズミの社会
Aと書いたところは、これまでの神栖66町では「想像力が否定されていた」ことを意味している。前半パート、主人公は大人たちののぞむ「ただ何も考えなくていいから、従順に育つ」ことに対して抗う。この全体主義的社会において、特に子供に対して、まるで深く考えること、想像させることを拒否させるような社会に思える。
Bと書いたところは、他者に対する思いやり(想像力)を意味する。
この作品を視聴して感じた違和感は「主人公以外に、下等のものとされるものへの慈愛の気持ちで溢れている者がいない」ことだ。往々にして、村の重鎮だとか、老人は、だいたいそういう慈愛に満ちたようなキャラに設定されがちだが、倫理委員会議長である富子様(多分誤字)は反逆の狼煙を上げたバケネズミに煉獄の苦しみをあわせることを町民たちに約束する。
最後のシーンで主人公は、スクイーラに対し、感謝の気持ちをあらわにし、永遠に続く拷問の苦しみから解放(○)してあげる。バケネズミに対してこの感情を抱いたのはおそらく彼女だけだろう。
Cと書いたところは、Bに近いが、同じ人類なのに下等のもの(異形のもの)と相手の種族を捉えた上で、自分の種族の繁栄に利用する悍ましい行為・社会を指す。これはバケネズミが、人間の子供をさらい、バケネズミの子供として育てることでニセ悪鬼を量産・世界征服を企んでいたこと、また母である女王を種族の繁栄のためだけに利用する歪んだ思想を指す。
これらの問題は過去から現在につながる実社会にもあげられる。
Bの問題は、大英帝国によるアボリジニ虐○や日帝による台湾統治時代の霧社事件などが想起される。これらの問題は現代まで禍根を残す。
Cの問題は、これをネット上にあげたら某国家に消される危険があるが、某国の北西地域における問題が、今現在も起きているだろう。ナチスドイツ顔負けの所業を行なっている。子供はさらわれ、○○人として洗脳され、さらには臓○売買に利用される子供までいる。
こういった社会問題に対し、著者(主人公)は「想像力で変わる」という優しいメッセージを残している。優しい気持ちだけではどうしようもならない問題はある。世の中そこまで生易しくない。抑止力としての武器は必要かもしれない。
しかし、我々は同じ人間なのだ。相手をルッキズムや背景にとらわれることなく同じ人間として認識し、そして人間であることは、考え、想像することができるということなのだ。
きっと変われる、想像力を持った同じ人間なのだから
そういった優しく温かいメッセージが裏にはあるのだと考えた。
【トライアスロン】岩手認定と基礎期4を終えて 20230501
岩手認定をtargetとして組んでいた基礎期4が終了した.
まずは認定の結果から.
4/30(日)岩手認定
Swim 4:54.93(前回-5s, PB+0.3s)
Run 9:38(前回-10s, PB+1s)
前回の東京認定よりも明らかに良かった.特にrunの成果が結構出てきた.swimは練習積めてないけど悪くはなかった.良くはない.runがswimに良い影響を与えている?
基礎期4の詳細は以下の通り
部練的にswim中距離,run E,M期なのでそれ中心になっている. runに重きを置けたのは良いがswimがあまり積めず.bikeはサボりすぎた,外乗り怖いんだよな,優しい田舎(中央高地や岩手の山奥)に行きたい.
基礎期5はspringまで.目標は入賞.去年の反省をしっかり生かす。